情報現象の数理モデル: 「抽象数学」で空を飛びつつ,「応用上のインパクト」を投下 ---数学的視点のチカラ 蓮尾 一郎 講師 Ichiro Hasuo =「数理モデル」とは? みなさんはニュートンの運動方程式を知っているでしょう.物体の運動という 物理現象を,微分方程式という数学的対象を使って模型化=「モデル」してい ますよね.実際に使う際には空気抵抗を除いて単純化したり,あるいは特殊相 対性理論の方がより正確なモデルを与えることがわかっていたりしますが,と もかく物理現象の理解・予測にとって,ニュートンの運動方程式のような「数 理モデル」は大きな武器です. 数理モデル化の対象,つまり「数学の応用範囲」は物理現象だけにとどまりま せん.金融工学におけるブラック-ショールズ方程式や,車の渋滞のセル・オー トマトンによるモデルなど,社会現象・生命現象にも盛んに使われています. あまり「数理モデル」と言わないので気がつかないかもしれませんが,情報科 学的現象もその例外ではありません.グラフ理論のグラフや,コンピュータの 基礎たるチューリング・マシン,さらにいわゆる「プログラムの意味論」,こ れらはすべて数理モデルです. = 王様のように遊び,大統領のように働く 研究にあたっては2つのことを心がけています.1つめは「カッコいい数学を使っ てカッコいい数理モデルを作る」言い換えると「抽象数学に優雅に遊ぶ」こと です.何が「カッコいい」のか?というのはむずかしい問題だけれど,数学者 の間では不思議とある程度のコンセンサスがあるように感じます.それ は,「一般的なものはカッコいい」という見方です. 例として,圏論という「数学のコトバ」を挙げます.数学の中にはたくさん分 野がありますが(代数,幾何,解析,...),「この分野のこの定理は違う 分野のあの定理になんだか似ているなあ.式に書き下すと別物なんだけど」と いうことがよくあります.この2つの定理を「実際同じもの」として書き下せる ようにするのが,抽象的で一般的な圏論のコトバです.(矢印をたくさん使い ます,図参照)圏論を使うことで,見た目の違いのウラにある「数学的本質」 により迫ることができます.カッコいいと思いませんか? 2つめの心がけは「インパクトある応用上の成果を追求する」つまり「情報科学 でしっかり働く」ことです.たとえば次のようなシナリオがあります.よく研 究されている情報科学的対象Aの数理モデルを,より一般的で抽象的な数学のコ トバで書き換えます.できあがった数理モデルはより一般的なものになってい ます(たとえば定数aがパラメータpに変わっている).ここで,パラメータpに 定数bを代入すると,理解がむずかしいと思われていた対象Bのモデルが自動的 に得られるのです!(図を見てくださいね)このようにして得られたモデル は,背後にある数学を理解しなくても利用できるものです.このように,数学 の一般性=「カッコよさ」をさらに「役立てる」技,うまく決まると気持ちの いいものです.クセになります. = どんな「応用」? 取り組んでいる応用上のトピックを列挙すると:余代数を用いた計算機システ ムのモデル,普遍代数を用いた計算機システムの組み合わせのモデル,量子プ ログラミング言語の圏論的モデル,ハイブリッド・システム(デジタルデータ だけでなく物理的な連続データも扱うシステムのこと)のモデルとその正しさ の検証手法,などです.普段考えている数学的な理論が,予想もしなかった情 報科学的応用を持つことがしばしばあります.そのような応用のタネを見逃さ ないよう,幅広くアンテナをはりめぐらせていこうとがんばっています.