タフでグローバルな理論研究――理論計算機科学の場合 ほうほう,コンピュータと数学が好きで,噂を聞いて研究室見学に来てくれたんだね。ウチの研究は理論計算機科学という分野で,それを「アルゴリズム」と「論理・意味論」に分けたうちの後者になるんだけれど… なに,圏論にも興味があるって? 矢印好きなんだ(注1)。いいよね。使えるコトバを削っていって,それでも何かを表現できたときの「本質見切ったり!」っていう気持ちよさ,クセになるよね。 研究室ではスローガンみたいに「王様のように(数学に)遊び,大統領のように(応用めざして)働く」って言ってるんだ。さっきの,圏論で数学的本質を抽出するっていうの話なんだけど,ここからあとひと頑張りすると,一般的な抽象論から全く新しい具体的理論がひっぱり出せたりする。そうしてたとえば,高品質の車載ソフトウェアを作れたりしたら,世の中の役にも立つでしょう。「売り手よし 買い手よし 世間よし」ってやつだね。 研究室セミナーは毎日やってます。準備が間に合うのかって? ああ,なるほど,河東泰之先生の「セミナーの準備のしかたについて」をウェブで読んだんだね。ええと,準備をしっかりするセミナーは週一回で,他の日はもっとゆるいセミナーをやってるんだ。初見の論文を「よーいドン」でみんなで読むこともあるね。 想像していた現場の風景と違うって? 確かに,チームでワイワイやる理論研究のやり方は,一人で思索にふけるようなステレオタイプとは少し違うかもね。偉そうに言うと,「圏論・代数学・論理学で抽象化したあと,新しい理論に具体化して応用」っていう研究戦略のためには,深さと同時に幅広さも重要だから,各人が勉強した内容を素早く大量に共有できるようにこういうふうにしてるんだ。 そうそう,もうひとつ,勉強ばっかりしているうちに,アウトプットに関して臆病になる学生さんが時々いるんだ。そういう人の完璧主義をゆさぶるために,あえて準備の余裕を与えないセミナーをやっている,という事情もあるかな。「ちょっと待って,ここがわからん,誰か説明して」とみんなが言えるのが理想だね。タフな東大生ってやつな。 あと,グローバルな東大生の話もしようか。タフでグローバルは古いって? ちょっと何言ってるかわからないな。 英語には自信ある? 会話に自信がないって? 数式や要点を書きながら話せば大丈夫。むしろ書く方をしっかり練習したほうがいいね。「テストで正解」の英語では,研究結果の内容も価値も正確に伝えられないぞ。特に理論計算機科学だと,査読期間も短くて採択率も低い国際会議に投稿することが多いから,わかりやすく書くことはとても大事なんだ。研究はすごく面白いのに英文構成力が足をグイグイ引っ張ってる学生さん,多いんだよね。 どうだった? 「理論研究をチームでやるの,面白そう!」と思ってくれたらうれしいけど,逆に「一人で静かにやりたいけれど,『タフだ!グローバルだ!』と言われる逆境で自分のスタイルを貫くことこそカッコいい」と思って来てくれるのもいいね。メタ数学をやっている研究室だから(注2),そういう「メタなタフさ」も大歓迎です。 (注1)圏論: 代数学や幾何学から生まれた現代数学の抽象言語。数式でなく可換図式(矢印)を多用して,さまざまな数学的構造の(具体的構成を捨象した)性質,「普遍性」を表現する。 (注2)メタ数学: 「定義する」「定理を証明する」という数学の営み自体を数学的に定式化して,その性質を研究する,数学の一分野。数学基礎論や論理学に近い。